混乱の法改正
2016年4月。10年暮らしたマレーシアを後にし日本に戻ってきた、というのがポイントなんですよね。あらゆることで。
ライジャケ着用義務化というとんでもない話が出てきたのも、日本に帰って早々のことでした。
ライフジャケット、日本での正式名称は救命胴衣。
海で溺れないように身に付ける装備ですが、本来は船が沈むときに初めて配られるようなもので。映画『タイタニック(Titanic)』でもあったでしょ。そんなシーン。
外洋ヨットでも、車でいえば車検にあたる船検(船舶検査)をとる場合に必要な法定備品の中に含まれてます。
なので、すべての外洋ヨットには定員分の小型船舶用救命胴衣が搭載されておりまして。
と、ここまでは良いんだけど。
法改正で、ヨットの上では常にライジャケを着ていなければ罰せられることになる、って、他の国では聞いたことない事態に。
それがまたこの時点では「法改正になりそうだ」という段階でありまして。余計混乱しますわな。
ヨット・ボートの雑誌『Kazi』から、「外洋ヨットの安全談義」という連載を始めようという話が出てきたのも、この事態をうけてという意味合いが大きかったんじゃないかしらん。
ライジャケよりハーネス
外洋ヨットはめったなことでは沈みません。
最も恐いのが落水事故。
ヨットから落ちると、まず助からないのです。溺れる前に、見つけられないから。
ヨットは風の力のみで走っており、これがまた絶妙なバランスで実に力強く走るんだけど。それだけに、咄嗟に止まったりUターンはしにくいんです。
海に浮かんでいる人間なんて頭一つ海面上に出しているだけの小さな存在で。不意の落水に、たとえ10秒でも走り続けたら結構離れてしまい、落水者を見失ってしまいます。一旦見失ったら、まず見つけられないのです。
で、悲しい事故が何度も起きています。
とにかく落水しないこと、が最も重要なのですが。ライフジャケットは落水した後溺れにくくするためのもので、落水防止そのものにはなんの役にもたちません。
落水防止にはセーフティー・ハーネス。落ちないようにセーフティー・ハーネス。
落ちたら見つけられないので、ライフジャケットなんか着てても効果無し。落水事故対策は、とにかくハーネス。自分の命は自分で守れ。
と先輩からきつーく教えられてきたわけです。
写真左は、1980年。僕の初めての長距離航海で静岡県の清水から沖縄まで行ったときのもの。ワタクシ25歳。若い。
セーフティーハーネスをちゃんと付けてますね。肩の赤と胸の青いベルトがそれ。これでヨットと繋いでおきます。
実は、このときの艇長は、友人を天竜川河口付近で起きた落水事故で亡くしており、この航海の途中でその弔いのために事故現場付近に寄って献花と酒を捧げたのです。
そしたらなんと、それまで吹いていた風も波もぴたっと収まっちゃったんだけど。
右の方はその10年後。グアムレース。カッパがすごく高級になってますが、最初の沖縄から10年しか経ってないのか。この10年間の自身の進化はたいしたもんだなぁ。太平洋をぐるっと一周し、他にハワイ~日本を2回。グアム~香港。サイパン~東京と、走りまわっていた頃ですね。
セーフティー・ハーネスも全員しっかり装着。僕のは使いやすいように自分で作った専用のハーネスです。
で、誰もライジャケ着てません。
適用除外の条件は
と、外洋ヨットでのハーネス着用はかなり広まっていたと思うのですが、そんなタイミングでのライフジャケット着用義務化ですよ。
基本的には漁船を対象に考えられたと聞いていますが、その他の小型船すべてに適用させるために何やら複雑な適用除外の条件がつき、平成30年(2018)2月1日から施行されることになりました。
「案」として伝わってきた段階から施行に至るまで、『Kazi』の連載「外洋ヨットの安全談義」で項目を分けて何度も取りあげてきました。
以下のバックナンバーはすべて、印刷版、電子版、共に入手可能です。
第2話 2016年11月号 「どれだけ浮いてられますか?」
第3話 2016年12月号 「いろいろあります、桜のライジャケ」
第4話 2017年1月号 「世界標準、特別規定準拠のPFD」
第5話 2017年2月号 「PDFはメンテが命」
第15話 2017年12月号 「ライジャケ着用が義務化?」
第20話 2018年5月号 「法律・ルールのお話」
第21話 2018年6月号 「法律・ルールのお話②」
第36話 2019年12月号 「安全トレーニングから学ぶ①」
結局、セーフティー・ハーネスをしていれば適用除外。さらにヨットレースも適用除外となったわけだけど。何をもってヨットレースとされるのか? 法的根拠は?
とりあえず、上記記事を全部読んでいただきたいと思います。OSRの規定も合わせて、それほどヤヤコシイのです。
さらに、行政処分基準、つまり罰則規定は2022年の2月1日から適用されます。って再来年ですよ。平成と令和をまたいでいるからまたさらにヤヤコシいんだけど。このあたりは、11月5日発売の『Kazi 2020年12月号』の「安全談義 最終回」で書きました。
そう、連載終わっちゃうのです。結局この「ライジャケ着用義務化」という事象について、最後まで追い切れなかったことになりますね。
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