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ヨットレースのレーティングシステムを考える

マレーシアに住み始めた頃始めたexcite blog。
そこに書いた「ジャパンカップ史」については、こちらにまとめてみました。

別に、「レーティングシステムを考える」と題した一連の記事があるので、そちらも改めて、貼り付けてみます。

これも、文章自体は2008年当時のままで。
タイトルだけ、改めてつけてみました。

ヨットレースを考える。ハンディキャップ編です。

第1話 レーティング問題の概要  2008/4/12

ちょっと前に『KAZI』 に書いた原稿を掲載しておきます。

まずは第1話———————

IMSはもう古い。ORCクラブは不公平。時代はIRCだ。……とかまびすしい昨今の日本外洋レース界。レースの楽しみ方は人それぞれなので意見はいろいろあるだろうが、とりあえず、レーティングの過去、現在、未来をさぐってみたい。

レーティングの始まり

 なんでもアリの着順勝負から始ったヨットレースも、「せめて全長によってクラス分けしようや」のレベルを経て「いやいや、水線長や排水量、セール面積だって重要だぞ」という事になり、レーティングクラスが作られた。
 レーティングとは、そのヨットの“格付け”、“評価”であり、それぞれのレーティングクラス内で着順勝負が行われるようになった。
 すると今度は「ハンディキャップを決めて勝負しようではないか」とも考えるようになる。艇毎のレーティングからハンディキャップを導いて所要時間を修正しレース順位を算出するというものだ。
 よって、大きな船と小さな船。軽い船と重い船。さまざまなヨット間で勝負を楽しめるようになったというわけだ。

ハンディキャップの混沌

 こうして生まれたハンディキャップシステムだが、そのハンディキャップ値が本来の性能を正しく評価しているのか──ハンディキャップの正当性について、不満も出てくる。
 楽しく公平なレースを行う為に、ハンデの付け方に様々な工夫がこらされて来た訳だが、ヨットの性能というものはそうそう単純なものではない。試行錯誤を繰り返しながらも、混沌の時代が長く続いているというのが実情だ。
 これはけして日本だけに限った事ではないのだが、他国で試されたいくつかの試み──オーナーヘルムでのワンデザインであるとかボックスルール。あるいはレベルレースなどを試す余裕もないまま、長く暗中模索というか、無為無策というか、そんな状態が続いており、これがレース熱衰退の原因にもなっていたと言っても良いのかもしれない。
 さていったい、どうしたらいいのか。
 まずはこれまでの変遷をまとめてみようということで、レーティングルールの歴史とそれぞれのレーティングルールの特徴をまとめて原稿に起こしてみた。これまで存在したレーティングルールの様々な問題点を一つ一つ挙げていかないと、現在の混沌が理解できないし解決の糸口はつかめないと考えたからだ。
 ところが、IORの導入あたりから始めても、その変遷には様々な要素があって、文字量はかなり多いものになってしまった。とてもではないが、一度には掲載しきれない。
 そこで、細かい事は次号から掲載していくとして、今回はそこから見えてきた問題点を先に挙げておくことにしたい。

何が求められているのか

 まず第一に、オーナーはいったいどんなヨットレースをしたいのか? ヨットに対するスタンスは人それぞれで、嗜好は異なる。技術レベルも、懐具合も様々なわけで、ヨットレースとレーティングルールに望む要素もそれぞれ異なってくるだろう。
 で、それを、レーティングルールを管理する側やレースを主催し運営する側がどこまで把握しているのだろうか。そもそも、レースに参加するオーナー自身が、どこまで自分自身の指向を把握しているのだろうか
 なにをもってグランプリとするのか。グランプリと非グランプリの境目はどこにあるのか。自分のチームはどこに位置していて、最終的にはなにを目指しているのか。
 これらが、極めて曖昧である。
 ここらを把握してそれを前提にしないと、運営側ではレーティングシステム普及に向けた適切な戦略を練れないし、ユーザー側もその場限りの要望しか言えない事になる。

ルールチートは悪なのか

 IORが登場したのが1969年の話。以降90年代初頭まで、世界のグランプリレースはIORで行われてきた。
 レースが過熱するにしたがってルールチートの問題が生じる。ルールチートとは、ルールの盲点をついて実性能の割に低いレーティングを得ようとする行為で、そのレースが盛り上がり参加者が勝負に執着すればするほど、こういう人が出てきても不思議ではない。
 ルールの方もこれを放置せず、ルール改正を行う。
 そのいたちごっこが続いた結果、カーボンやチタンといった希少な材料を使った高価な船が、2年もすれば二束三文になってしまうという現実に陥った。
 「これにはついていけない」という人が増えてきた頃出現したのが、現在も日本のグランプリルールとして採用されているIMSだ。コンピューターを始めとした新しいテクノロジーが生んだハンディキャップルールであり、健全な外洋ヨットとなるように材質や内装のレギュレーションも厳しく定められた。
 IMS艇は、同じサイズのIOR艇に比べて速く、外洋耐候性に長けておりその上安価だった。そんなIMSの登場で、IORはジュラ紀の地球を闊歩していた恐竜のように、急速に絶滅していった。
 この世はIMS全盛かと思われたが、そのIMSを支えている科学力も万能ではなかった。じきにIORと同じようなルールチートのいたちごっこが繰り広げられるようになってしまった。
 さて、ここで改めて考える。ヨットレースに於ける公平性とは、いったいどういったものなのだろうか。
 そもそもレーティングルールが完璧にその艇の実性能を数値で表すことができたらどうなるか。最新の艇にはそれなりに、船齢40年の木造艇にもそれなりのハンディキャップがついたら、船の性能差は完全にハンデで補正され、あとは乗り手の腕次第で勝負がつくことになる。タイトル奪取に向けて新艇を作る必要もない。
 これは、「X○△※ヨット・フェスティバル──豪華参加賞アリ!!」みたいなレースなら理想だろうが、グランプリの世界ではどんなもんだろうか。
 ルールチートの余地があり、ルールチートも勝負の一つと考える事ができるからこそ、ハンディキャップクラスがグランプリたりえているとも考えられる。新艇の方が有利であるというちょっとした不公平感こそが、ハンディキャップで競うグランプリクラス発展の為のエネルギー源と言えるのかもしれないのだ。

非グランプリの世界

 一方、非グランプリの世界はどうか?
 世の中グランプリ指向の人ばかりではない。実際にはもっと気楽にレースを楽しみたいという人が大半なのだ。
 科学的にヨットの性能を把握するという意味で、IMSの正確性は現時点では右にでるものはない。完璧では無いだけの話だ。
 ところがその正確さゆえ、IMSの計測はたいへん厳格なもので、手間も暇もお金もかかる。これを大幅に簡略化し、普及に役立たせようというのがORCクラブ(以下ORCC)だ。
 我が国では、IMSの採用に合わせて、それまであった国産の非グランプリ用ルールであるCRに変わってORCCが採用された。
 簡易版なので、ハンデ値の正確性はIMSとは比べ物にならない。が、簡易版なのだからしょうがない。ORCCの問題点は、証書発行のためのアプローチに様々なものがあるという事だ。
 そもそもIMSの特徴は、船体の三次元的曲面を専用の計測機械を用いて測り、ハルデータとして数字に置き換えて完璧に把握するという部分だ。これが、計測点を基準として測るというIORを含むこれまでの計測方法から革新的に変化した部分だ。
 IMSの普及版であるORCCでは、このハルデーターをいかにして計測無しで得るかがキモになる。
 そこで、
(1)IMSの計測を受けた艇はその数値を使ってORCCのハンデ値を再計算。
(2)ハルデータは既存の同型艇のデータをスタンダードハルデータとして使い、その他のデータは計測する
(3)ハルデータはスタンダードで、その他の数値も自己申告
(4)デザイナーからハルデータに相当するデータを提出してもらう
(5)似たような船型のモデルデータから類推する

と、様々なアプローチから、証書が発行される。
 (1)が一番正確なデータであり、下に行くに連れて根拠が薄くなっていく。
どれが一番お徳な(ハンデが低く出る)のかは分からない訳だが、どうやらここに不公平感を生む隙があるようだ。
 ORCCはその運用にかなりの幅を持たせている。クルーウエイトの問題も含め、簡易ハンディキャップシステムとしてのORCCに対し、どこまでの簡易さを求め、それに伴う精度劣化をどこまで許容するのか。改めて考え、運用を見直す事によって、ORCCに対する不満はかなり払拭できるのかもしれない。

IRCはグランプリたりえるか

 IORに続いてIMSにも不満の声が出始めた頃、RORCとUNCLによってIR2000という新たなレーティングルールが提唱された。IR2000には、グランプリ指向のIRMと普及版のIRCがある。IRMはさておき、IRCの方はその後広く世界的に普及してきたようだ。
 そんな世界の流れにちょっと取り残されていた感のあった我が国だが、いよいよIRCが導入されようとしている。それを受けて、表題の通り“かまびすしい”状況になっているわけだ。
 IRCを一言でいえば、国際的なPHRFルールと考えてよさそうだ。
 計測を必要とする“エンドースド”と、自己申告の“スタンダード”の2つに分かれているが、エンドースドでも計測内容は、
○全長
○前後のオーバーハング(つまり水線長が出る)
○最大幅
○重量
○喫水
○リグの寸法
○セール
と、IORやIMSと比べると極端に少なく、その上、その数値からどうやってハンディキャップを求めるかは公開されていない。
 という事は、このレーティングを取り仕切る技術委員会の胸先三寸という事になるが、そのさじ加減が「なかなか良い按配である」とユーザーから評価されているからこそ、世界で普及したものと思われる。
 とはいえ、ルールが非公開のブラックボックスで、一度出されたレーティングが翌年まったく変わってしまうという事もあり得るわけで、これではグランプリルールにはなり得ない。つまりIMSの代わりにはならなそうだ。

グランプリと非グランプリ

 さてここで、はたして我が国のレースフリートは、グランプリと非グランプリにキッチリと二分されているのだろうか、という事を考えてみたい。
 そもそも非グランプリから上を目指す気はまったく無いという層のセーラーは、レーティング問題にもさほど興味はないと思われる。ヨットクラブの親分がエイヤと山勘で決めるローカルPHRFで十分なはずだ。
 今IRCに興味を持ち、あるいはORCCやIMSに不満を持っているのは、グランプリを目指す準グランプリ層や、非グランプリ層の中でも準グランプリを目指す層のセーラーだろう。
 このあたりのセーラーは嗜好にも幅が広く、ルールを運営する側でも対応は難しい。なにより、本人でさえも自分の指向が実はよく分かっていなかったりする。
 またこれは、ハンディキャップ精度の問題以外に、グランプリルールとの整合性の問題も関係してくる。ORCCの先にはIMSがあるが、IRCの先にIMSは繋がるのか。
 そこで、現在我が国で唯一のグランプリルールであるIMSとの互換性が高く既に普及しているORCCも残しIMSと共に存続させ、新たにIRCも採用するという形になるようだ。
 IRCが新たに採用されることで、ハンディキャップシステムを運用する側、レースの主催者、レースの参加者、それぞれがどのような選択をしていくのか。それによってヨットレースのありようは大きく変わっていきそうだ。だからこそ、今、各ハンディキャップシステムの利点と欠点を良く知る必要がある。

 第1話の締めとして、ポイントをまとめてみよう。

○グランプリと非グランプリの境界線は曖昧である
○非グランプリ層は、今後もずっと非グランプリでありつづけるのか?
○準グランプリ層はレーティングにどの程度の精度を求め、それに対してどの程度の手間とお金をかける気があるのか?
○グランプリ層といえども、グランプリレースだけに出場するわけではない
○実際、グランプリレースの数は少ない
○そもそも公平なハンディキャップとは?
○システムの仕組みばかりか、運用の問題でもある
○これまでIMS下のレース運営は正しく行われていたか?
○「規格の範囲内でより速い船を造る」のと「艇速の割に低いレーティングを持つ船を造る」のは同じ事なのか?
○何故日本ではワンデザインクラスが確立されないのか?
○IRCはグランプリルールにはならない。が、準グランプリのまねごと位はできるのか?
○IRCは日本にしか存在しない艇種でも正当に評価し得るのか
○IRCでも、有利な船、不利な船、は存在するのか?
○IRCでの勝敗とIMSでの勝敗は一致しない? としたら、その理由はIMSにあるのか、IRCにあるのか。
○ORCCはIMSの普及の為にある
○ORCCの運用には幅がある
○ORCCの精度をもっと上げられないか
○ORCCの利用者はどれだけルールを熟知しているか
○ORCCとIRC。自艇に有利な方でエントリーする……はアリか?
○レース熱が冷めたので、ルールも進化しなかったのか? ルールが進化していないのでレースが盛り上がらなかったのか?

第2話 レーティングの歴史 2008/4/12

ハンディキャップ問題を考える。先月はその概要をお伝えしたが、簡単に答えが出る問題ではない事が分かって頂けたと思う。そこで、過去に遡りハンディキャップ制度の難しさを改めて見ていきたい。

レーティング紀元前

 最も単純なヨットレースは、なんでもありの着順勝負だ。あらゆるヨットを集めてよーいドンでスタートさせ、着順で競うというもの。アメリカズカップ発祥といわれるワイト島一周レースもこんな感じだったようで、これがヨットレースの原点といってもいいだろう。
 しかし、それでは大きな船が圧倒的に有利だ。いや、多少小さくても、極限まで軽く、復元力は大きく、セールエリアの大きな船が有利になるだろう。でもって、その上でなおかつなるべく大きく……と、ヨットレースは仁義なき造艇競争になってしまう。
 そこで、全長に制限を設けてみる。船は全長でだいたいの性能が決まってくる。メルボルン~大阪ダブルハンドレースなんかは、そんな単純なルールで行われてきた。
 いや、実際には、全長よりも水線長こそが重要な要素となる。ならば水線長にも制限を設け、いやいややっぱりセールエリアも決めなくては……と制限を多くし公平性を高めていく。こうしてボックスルールとも呼ばれる限定規格級ができあがる。アメリカズカップやボルボオーシャンレースで採用されているのもこれだ。
 ボックスルールでは、ボックスの幅(制限)をどこまで設けるかがポイントになる。制限がゆるければより過激なクラスができあがり、造艇競争も過熱する。開発競争に負けた遅い船ではどう頑張っても勝つ見込みは無し。優勝艇といえども、より速い船の出現でお払い箱になる。……という弱肉強食の残酷な結果が待っている。
 ならばと、制限を厳しくしていくと最終的には、ワンデザインクラスとなる。造艇時の自由度はほとんど無し。全艇まったく同じ。乗り手の技量のみが勝負の要素となる。
 ボックスルールを用いたグランプリクラスでは、造艇競争もレースの一部である。安全面での配慮と、オーナー(或いはスポンサー)がついてこられる範囲の弱肉強食ぶりになるよう設定するのが、実はなかなか難しかったりするのだ。このあたりは来月詳しくふれたい。

 さて、これらはいずれも、予めクラスルールが規定されていてそれに合わせて艇を建造しなくてはならない事になる。しかし、現実には大小様々なヨットが存在する。クルージング用に建造されたヨットでレースを楽しんだっていいではないか、という声も挙がってこようというものだ。
 なんでもアリの着順勝負から始ったヨットレースも、「せめて全長によってクラス分けしようや」のレベルを過ぎると「ハンデを決めて勝負しようではないか」と考えるようになる。
 レーティングとは、そのヨットの“格付け”、“評価”であり、本来はそれぞれのレーティングを持つクラス内で着順勝負をしようというものだったのだが、ここでは、艇毎のレーティングからハンディキャップを導き、そのハンディキャップ値を用いて所要時間を修正しレース順位を算出しようではないかという事になった。
 よって、大きな船と小さな船。軽い船と重い船。さまざまなヨット間で勝負を楽しめるようになったというわけだ。

IORの登場

 今はもう昔の事になってしまったが、一世を風靡したのが、IOR(アイ・オー・アール:International Offshore Rule)だ。ORC(オー・アール・シー:Offshore Racing Congress、当時はOffshore Racing Council、外洋ヨット評議会)が管理する外洋ヨットの為の国際的な計測規則で、英国のRORCルールやアメリカのCCAレーティングを元にして1969年に採用され、以降90年代半ばまで世界の主なグランプリレースはIORの元で行われてきた。IOR以前はレーティング紀元前といってもいいかもしれない。
 IORの特徴は、ルールに合わせて厳正な計測を行いレーティングを決めるという所。
 IORレーティングは長さの単位(ft)で表され、そこからハンディキャップ係数であるTCF(Time Correction Factor)を求めて、それを所用時間に乗じることで修正時間を算出し順位を決定する。
 ヨットの性能を完璧に把握するのは難しい。たとえば、水線長や水線幅が重要なファクターであるのは分かっていても、船が走り出しヒールすればそれらは変化してしまう。静止状態でしか計測はできない訳だから、静止状態では水線長が短くなるように、しかし一定の条件で走り出したら水線長が長くなるように、といった策略を練るデザイナーやそうした策略を望むオーナーも出てくる。
 ルールの盲点をついて実際より低い評価(レーティング)を得ようとする行為を、ルールチート(cheat:欺く、のがれる)と呼ぶ。
 混乱しないように、「レーティングが高い=速く走れるはずである」と定義しよう。IORでは、レーティングの数字が大きいほどレーティングが高い。速く走れて当然、という意味だ。
 オーナーとしては、性能の割にレーティングが低い船を求めるようになる。デザイナーは、ルールの穴をついて、そんなオーナーの望みを達成しようとする。
 すると、ルールも改正され、となると新しいルールに対応したチートをする……というイタチごっことなった。
 この開発競争では、ヨットの性能が高くなるとは限らない。ボートスピードが遅くても、それよりレーティングが低ければいいのだから。高いお金を払って遅い船を買う、じゃなきゃレースで勝てない、という事にもなっていく。

レベルレース

 ルールチート問題とはまた別に生じるのが「ハンディキャップレースでは、気象の変化による有利不利は避けられない」という問題だ。
 大型艇と小型艇ではフィニッシュ時間が大きく異なる。これを修正して結果を出そうというのがハンディキャップシステムの趣旨なわけだが、大型艇がフィニッシュした後風がピタっと無くなれば、その後もレースを続けなければならない小型艇にとっては不利となる。
 逆に微風のレースで途中無風となれば大型艇も小型艇も艇速はゼロ。なのに所要時間はどんどん経過するので大型艇としてはハンディキャップに合わせたリードを広げなくてはならない事になる。そのうえ、大型艇がやっとこさフィニッシュした後に風が吹き上がり小型艇が一気にフィニッシュしてしまえば、小型艇には圧倒的に有利な展開となる。
 天候は時の運であるから、ある時は大型艇に有利、ある時は小型艇に有利、で、お楽しみとして済ませる分にはいいのかもしれないが、グランプリレースとして鼻息荒く競うにはいかがなものか……だ。
 そこで、同じIORのレーティングを用いて着順勝負をしようというのが、IORのレベルレースだ。
 レーティング30.55ftまではワントン、18.55ftまでは1/4トンとする……等、レーティングの上限を設定したクラスを設け、その枠内に収まった船だけ集めて着順勝負をする。時間修正は無いので勝負も分かりやすい。なにより大型艇小型艇間の格差問題は無くなる。
 以上、“レーティング”と“ハンディキャップ”では言葉の意味がちょっと違うという事を理解していただきたい。
 レーティングとはヨットの格付けであり、その格付けを利用してハンディキャップレースをすることもあれば、着順勝負をする事もあるということだ。
 ということで、IORでのグランプリレースは、主にこのIORレベルレースで行われており、トンカップとも呼ばれた。
 着順勝負であるから、当然ながらレーティング上限一杯の船が有利となるわけだが、ここに納めるのが結構大変だ。
 上述のように、ルールチートへの対応として、ルール変更が頻繁に行われる。と、それまでクラスの上限一杯だった船がルール変更によって上限を飛び出てしまう事もある。それだけの理由でクラス内に納めるための改造を強いられる。自艇にはなんの変化もないのに……だ。改造したら当然計測のやり直し。お金も手間もかかり堪ったモンじゃない。
 で、結局、着順勝負はやめて、各クラス毎に時間を修正して楽しむ事も多くなった。レベルレーサーとして大まかなサイズは揃っているので、上記天候変化による有利不利はほとんど無くなる。レベルレース選手権試合の際には改めてクラス上限一杯のレーティングに取り直せばいい、と、二刀流で楽しめる。
 レベルレースの存在によって、ある程度絶対性能の揃ったクラス分けを行うことが出来たという事が、IORを長続きさせたといってもいいのではないかと思う。
 結局、IORはMarkIIIまで改定されながら、IMSの登場まで、世界を席巻した。

純国産CR

 グランプリルールとしてIORは隆盛を極めていったが、いかんせん計測作業は本格的で手間もお金もかかる。
 そこで、もっと簡易にできないものか、として日本で開発されたのがNORCクルーザーレーティング(以下CR)だ。
 IORの簡易版としては、それまでにもJORがあったが、CRは北欧のScandicap(マークII)およびそれを手直しした小網代Scandicapをベースとして開発され、1986年からNORC(日本外洋帆走協会)で正式に採用される。
 世の中グランプリ指向の人ばかりではない。実際にはもっと気楽にレースを楽しみたいという人が大半なのだ。IORほどの精度は必要ない。その分手軽に安上がりに誰でも取得できるハンディキャップルールが必要だったのだ。
 とはいえ、簡易であるから抜け穴を狙おうとすればいくらでもできてしまう。厳密な計測を受けるIORにも穴があるのだから、簡易な計測のCRの穴はもっと大きくても不思議ではない。レーティングの割に実際の性能が高い、低いといった弊害はIOR以上に出てくる。そのうえ、その計測自体にも誤差が多かった。
 精度と簡易さを量りにかけて、IORにするのかCRを選ぶのかは、ユーザーが自分のレーススタイルに合わせて決める事。当時はIORとCRの住み分けはそれなりにできていたように思う。
 世界的に普及していたIORと、国内のみのCRであることの差。あるいは、精度の差と簡易さの差がうまく釣り合っていたと考えてもいいのかもしれない。簡易さで勝っているCRの精度がもっと高かったら、みんなCRに流れていってしまったかもしれないのだから。
 もちろん、CRの方も不具合は修正すべくルールの改正は行われていったわけだが、少ない計測点を計測してその数字を計算式に当てはめるという中途半端に科学的というか数学的というか、杓子定規なものなので、個々の不具合を修正するのが難しい。ヨットの性能とその要素というのは、非常に複雑なのだ。
 90年代に入ると、グランプリルールはIORからIMSに取って代わるようになるが、CRは多くのボランティアの手によって改良され、運用されていった。IMSのデーターシミュレーションを行ったり、時間修正にはレースコースのタイプや風域毎のTA(Time Allowance)が示されるなど、強くIMSを意識した改定を行っている様がみてとれる。

良い加減なPFRF

 上記、計測によるハンディキャップシステムとは別に、さらに簡易なレーティングとして、昔からあるのがPHRF(Performance Handicap Racing Fleet)で、船の性能を恣意的に判断してハンディキャップを決めるものだ。
 ここではPHRFとひとまとめにして呼んでしまう事にするが、各国各地で様々な呼び名を冠してバラバラに施行されてきたといってもいい。最も原始的なハンディキャップシステムともいえる。
 ハンディキャップ委員が独断と山勘でハンデ係数を決める事から「勘ピューター」などともいわれたりする。
 いい加減なようだが、上記のようにヨットの性能を科学的に正確に把握することは非常に難しいので、按配する人の能力によっては、いい加減につけたハンディキャップが“ちょうど良い加減”だったりもする。
 先に挙げたCRも、ハイスピードコレクション(HSC)という恣意的な係数を使って最終的に不具合を按配するようになれば、これは、計測による数値をベースにしたPHRFであるともいえる。
 現在も日本各地で行われているローカルなフリートレースでは、同型他艇のCR値をそのまま使ったり、その数字を元にさらにローカルに按配したりしているケースも少なくない。こうしたCRの派生版を日本のPHRFと呼んでも良いのかもしれない。
 PHRFでは、ハンデ値の決定根拠に科学的公平性は無い。ハンデ値を決める技術委員会のさじ加減には科学的必然性が含まれるのだろうが、その決定に対し、ユーザーサイドがどこまでの信頼感を寄せることができるのか、が重要な要素になる。

IMSの登場

 さて、90年代に入って、我が国にもIMSが導入され普及していく。IORもCRも今は昔……だ。
 しかし、現在我々が抱えている問題点は、今回挙げた「ルールチート問題」と「レベルレースに関わる問題」、そして、「PHRF的レーティングの問題」の3つに集約されていると言っても良い。
 という事で、次号に続く。

第3話 グランプリの世界 2008/4/12

今回は、“グランプリの世界”に目を向けて見ることにする。科学の粋を集めたIMSは、はたしてグランプリルールたり得るのか。そもそも、ハンディキャップ制でグランプリレースが行えるのか?

革新のテクノロジー、IMS登場

 ジュラ紀に地球上を闊歩した恐竜的存在であったIORも、ついに終焉の時が来た。
 IORレーサーの進化は、ルールチートによって「速い船を造る」よりも「性能の割にレーティングが低い船を造る」方向に進んだ。特定の計測点付近を盛り上げる等の行為によって船の形はだんだんゆがんでいった。結果、カーボンやチタンといった高価な素材をふんだんに使ったハイコストなグランプリレーサーといえども、その全長の割に絶対スピードの遅い船になってしまった。
 そのうえ、細いマストとフラットなボトム。薄いバラストキールと大量のインサイドバラストを持った特異な船は、外洋耐候性に難があり、しかし、そうした船でなければ勝てないとなり、しだいにその人気に陰りが生じてくる。
 そんな時代を背景に、IORに変わる新たなメジャメントシステムであるIMS(International Measurement System)が米国で生まれ、1985年にはORCに採用され国際規則となった。
 IOR同様、いや、さらに厳密な計測を行い、専用の器具で船体の三次元的曲線を把握。IORよりもより科学的なVPP(Velocity Prediction Program)という複雑なコンピュータープログラムを用いて、完璧な性能の解析をするのが最終目的となる。
 逆に考えると、VPPがある程度完成したからこそ可能になったといってもいい。IOR時代にはやりたくてもできなかった事が、科学の進歩によって可能になったというだけの話かもしれないが、IORへの適合を無視したヨットは同じ全長でも速くて安い。そんなIMSボートが登場し始め、IMS人気は一気に火を噴いた。

スコアリングシステム

 IORのレーティングが長さの単位だったのに対し、IMSは1マイル走る時に必要な時間(単位は秒)で表される。数字が小さいほどレーティングは高い(速く走れるはずである)事になる。
 IORと最も異なるのは、風向/風速毎にハンディキャップ値が表されている事だ。IORでは1艇に1つのハンデ係数が付くだけのシングルナンバー・ハンディキャップと呼ばれるものだった。しかし、ヨットには、軽風下で速い船。強風下で速い船。上りがいい船、フリーが強い船、といった特徴が艇毎に異なる。その違いをハンディキャップに反映するには、それぞれのコンディションでのハンデ値がなければならないはずだ。複雑なヨットの性能を1つの数字で表すというのは、なんとも乱暴な話である。
 IMSでは、こうした艇毎の性能の細かな違いも、ハンデ値に表している。
 ところが、レース中の風向や風速は絶えず変化しており、風向/風速毎のハンデ値を正しく修正結果に反映させるのは難しい。
 ハンディキャップ値から修正時間を求める方法をスコアリング・システムといい、様々な方法があるが、IMSではPCS(Performance Curve Scoaring)という概念を導入してこれを解決している。
 がこれ、考え方からしてややこしく、「意味が分からない」、「結果がすぐに分からない」という不満の声も聞かれた。ここがIMSの失敗の原因だという声も聞かれる。
 実際には、筆者が考案した「自艇専用スクラッチシート」を作成すれば、かなり正確にかつ簡単に艇上で勝敗の判断ができる。ここからPCS計算尺も考えたのだが、その頃には筆者自身がIMS艇に乗らなくなってしまったので日の目はみなかった。
 いずれにしてもPCSはキッチリとコース設定されているインショアレースに関しては非常によくできたスコアリング・システムだと思う。
 IMSでは、後で述べるORCクラブに準じたより簡易なスコアリングシステムも採用するようになったが、IMSのIMSである所以は、PCSを使って初めて成立すると言ってもいい。PCSの詳細についてはまた長くなるので、過去のたかつき電脳研究所などを参照していただきたい。必要なら、改めて書き起こしたい。

IMSの欠点は

 筆者が考えるIMSの失敗点は、レベルクラスを設けられなかった事だと思う。
 前回述べたように、IORでは、先にワントン、ハーフトンといったレベルクラスを設けることによって、以降建造される艇はおおよそそれぞれのクラスに合致したサイズのものになった。レベルレースを行わないにしても、クラス分けをすれば絶対スピードが近い同レベルのヨット同士が至近距離で競える。
 ところが、レベルレースという基礎が無かったIMSでは、様々なサイズのヨットを艇数のみでクラス分けしているのが実情だ。これでは、Aクラスの下限2艇とBクラスの上限3艇がほぼ同じ絶対スピードで、それぞれ同クラスの上限、下限艇との絶対スピードが著しく異なる、なんてケースも珍しく無かったりする。
 となると、スタート以降フィニッシュまでずっと一人旅、なんて事も珍しくない。その上PCSの仕組みが良く分からないとなれば、なおさら競い合う興奮は削がれる。
 なぜIMSではレベルレースが普及しなかったのだろうか。
 当所はIMSにもILC40というレベルクラスが存在した。しかし、IMSの世界でもより正確なVPPを完成させる為に毎年ルール改正が行われ、ILCのグランプリレーサーはその改正に合わせた改造を毎年行わなければならないというIORと同じ苦労を味わう事になってしまった。
 ILCがクラスとして成熟する前に、こうした「毎年のルール変更」があり、ILC40はあっという間に消滅してしまった。
 現在も残っているIMSクラスは、主にIMS600、IMS500といった枠を設けている事からも、レベルクラスあるいはそれに代わるクラスの存在が、レーティングシステム存続の重要な鍵であるといえると思う。
 過去も含めて、IMSはもっとも科学的で正確なハンディキャップ・システムで、そこから導き出されたハンディキャップ値の科学的信頼性では右に出るものはない。しかし、先月の第2話で取り上げた大型艇と小型艇の格差問題は解決していない。大型艇(レーティングの高い船)にはより長い距離を走らせて、所要時間がほぼ同じになるようにするなど、格差問題に対する対応方法も挙げられているが、実際に施行するとなるとなかなか難しい。
 グランプリレースを行うには、やはり絶対性能がなるべく近いヨット間で競う事が重要なのだ。
 筆者は90年代中頃に米国で行われたIMSナショナルやIMSインターナショナルといった選手権試合に出場したが、正直いってローカルレース程度の盛り上がりでしかなく、その頃すでにハンディキャップレースの限界が見えたようだった。

ワンデザインクラスの逆襲

 グランプリルールとしてのIMSに陰りがみえてきた頃、米国でのグランプリの中心はワンデザインに流れ始めていった。
 それ以前も、マム36、1D48、といった様々なワンデザインクラスがあったが、生まれては消え生まれては消えといった状況がしばらく続いた。
 何故か。
 ワンデザイン艇はその名の通り全艇まったく同じだ。勝敗はセーラーの腕次第という事になる。オーナーの立場としては、いいセーラーを雇った者勝ちでもあり、これでは船のオーナーというよりスポンサーに近いと考えても良い。実際、有力なプロセーラーが自らセーラーを集めスポンサーを募って参戦するというケースもあった。
 ところが、ここでいうヨットレースは、見るスポーツではなく参加するスポーツだ。プロセーラーの独擅場になってもクラスの発展には繋がらない。
 そこで、オーナーヘルムという概念が生まれた。ヘルムスマンを、オーナーあるいはアマチュア限定にしようというもので、ファー40、1D35、マム30、J105等の有力なフリートが形成されていった。特にファー40クラスは、並み居る大型艇のオーナーが自ら舵を持つグランプリクラスとして、発展していく。
 初期には、プロ、アマの区分けが難しく曖昧になってしまう問題があったが、試行錯誤が繰り返されてISAF(International Sailing Federation)によるSailor Classificationとして世界的にルールが統一されようとしている。
 さて、ワンデザインクラスの問題点は、艇を均一に保つのが難しいところだ。造船所を出た段階でのプロダクション艇の均一度は、さほど高くない。特に大型艇でグランプリを行おうとすると艇を均一に保つという部分に手間とお金がかかる。
 ファー40クラスのトップチームは年間の活動費が1億円にも及ぶというから、「ワンデザインは安上がり」という訳ではないのだ。
 なによりも、ワンデザインクラスは艇数が揃わないとお話にならない。基本的に競技人口の少ない我が国ではグランプリ指向のオーナーが少ない事も相まって普及したワンデザインクラスはほとんど無い。唯一J/24クラスが活発な活動を続けているが、これは船価が安くグループで購入してオーナーが舵を持つ事が可能である事。キールが短いという性能的にはマイナス要素となる緒元により逆にトラックでの輸送が容易な事。このため日本全国への遠征が比較的楽になり艇数を集めた選手権試合が行える事。等があげられる。
 ニュージーランドあたりを見てもワンデザインクラスが盛んだが、古い木造艇とFRP艇が混じっていたりとかなり“ゆるい”ルールの元でワンデザインフリートが形成されていたりする。グランプリレベルでなければ、細かい事にこだわるよりも、とりあえずレースを行い続ける事が重要なのだろうなぁ、と関心されられる。ワンデザインクラスといってもけしてグランプリばかりではないのだ。アマチュア規定をどこまで適用するかなど、クラスルール次第でどうにでも調理できる。
 我が国でも、艇毎のバラツキをPHRF的なハンディキャップで補完するなどの工夫をこらした、グランプリではないワンデザインクラスがあってもいいのではないかと思われる。
 米国の例を見ていると、ワンデザインクラスの普及は、なによりその艇種を販売している業者のリーダーシップが大きいように見える。クラス協会の運営を販売会社かそれに近い組織で行うことで、「艇数が増える」という競技者にとっても販売会社にとっても共にウレシイ結果を目標とした活動が可能になるからだ。

ボックスルールでグランプリ

 以上のように、米国ではグランプリ指向のオーナーはIMSからワンデザイン艇に流れていった訳だが、中には「人とは違う船が欲しい」というグランプリ指向のオーナーもいる。いや、オーナーの中にはそうした人の方が多いのではないか。
 そんなグランプリオーナーの目に留まったのがボックスルールだ。
 前回ちょっとふれたように、長さや幅に上限下限を設けその中で自由に設計してもいいという発想はけして目新しいものではなく、多くのクラスがある。
 現在のグランプリ・ボックスルール・クラスの代表格であるトランパック52(以下TP52)については、本誌でもこれまで何度かご紹介したが、計測にはIMSが使われている。IMSの計測値の中でボックスを設定しているわけで、広い意味でTP52はIMSのスクラッチレーサーであると言ってもいいのかもしれない。
 これは、IMSの計測システムが大変優れている事の裏付けであるともいえるのだが、同時に、グランプリレースとハンディキャップで時間を修正するという考え方は相容れないという事も示唆している。
 たとえばプロのゴルフツアーで、ハンディキャップを用いて競技をしているか? 「タイガー・ウッズはハンデが低すぎて優勝できない」なんて馬鹿な話しはついぞ聞かない。
 前回触れた、「レーティングとハンディキャップの違い」を思い出していただきたい。
 IMSというレーティングルールを使ってグランプリレースをするなら、単なるハンディキャップレースではなくもう一工夫しなければならないという事だ。それは、レベルレースであったり、あるいはある程度クラス分けを公示するといった工夫なのだが、それがうまくいかなかった事がグランプリルールとしてのIMS離れに繋がったのではないかと筆者は考える。その上、非グランプリで用いるには、IMSは複雑すぎた。以上の理由から、世界的な(グランプリも非グランプリも含めた)IMS離れが広がっていったのではなかろうか。
 IMSにとって変わってグランプリの主流となりつつあるTP52が、IMSの計測を受けて成り立っているという事実は、この点を物語っているといえるのだ。

ボックスルール普及には

 さて、ボックスルール・クラスの魅力は、ワンデザインと異なり「他人とは違う船が持てる」事。そして「新しい船の方がちょっと有利」という理不尽さも実は魅力となっている訳だが、ボックスの幅をどの程度にするかで、クラスの性格(理不尽さの幅)が決まってくる。
 幅を狭めていけば、最終的にはワンデザインとなり、幅を緩めていけば、全長のみで後はなんでも自由のモンスタークラスができあがる。この辺りの手綱の締め具合は、各クラス協会の腕のみせどころだ。
 TP52クラスのオーナー会議に何度か出席させてもらったが、大型艇ゆえ艇数は比較的少なく、その限られた人数のオーナー間で民主的に物事を決めようとすると、これがなかなか難しい。
 たとえばクルーウエイトの規則を変更するというような細かな事でも、もっと増やしたいオーナー、減らしたいオーナー、それぞれいるわけで、全員の意見を聞いていたのではなかなか話は進まない。ここは、強力で独善的ともいえるテクニカルコミティーによるリーダーシップが必要になる。
 先に述べたように、ワンデザインクラスではその艇の開発や販売に関わっている業者がテクニカルコミティーも兼ねて協会を運営しているケースも多い。勿論、会員であるオーナーの意見も聞くが、「艇数を増やす」という点で、両者の利害が一致するのがいいところだろう。
 ところが、ボックスルールでは艇毎にデザイナーが異なる。多くのデザイナーや業者がそれぞれの艇の開発に係わるライバル関係にある訳で、その内の一人がリーダーシップを持ってクラスルールを決めていくと、様々な軋轢も生じるはずだ。クラス協会はあくまで中立な立場になければならないが、中立の立場にいて技術的にも秀でているとなると、人選がなかなか難しい。
 TP52はその辺りを克服したようで、現在地中海を中心に純グランプリクラスとして人気が出ている。
 ORCでもGP42、GP33という新たなボックスルールクラスを提唱している。GP42の方はすでに建造が始まっているようだ。
 グランプリレースはボックスルールで、という流れのようだが、どのクラスが主流になるのか。流行るも廃るも、クラス協会の腕しだいという事になる。
 我が国ではこのあたり他力本願の様子見状態が長く続いているといってもいい。

 さて次回は最終回。現在我が国で最も注目が集まっているORCクラブとIRCの可能性について考えていきたい。

第4話 ニッポンの現状 2008/4/12

これまで3回に渡ってみてきたニッポンのハンディキャップシステム。最終回はニッポンの現状を探る。

ORCクラブ

 グランプリルールがIORからIMSへ移行したのを受けて、非グランプリ用のハンディキャップシステムもCRからORCクラブ(以下ORCC)へ移行された。ORCCはIMSのテクノロジーを使った簡易バージョンだ。
 IMSのフル計測は、ハル形状の計測、マストを倒してのマスト計測、詳細なインベントリーリスト(搭載品目録)を作成した上で静かな海面に浮かせての海上計測……と、1日では到底終わらない。天候にも左右されるし、料金は40万~50万円とお金も時間も人手も必要だ。
 対して、ORCCの証書発行は、第1話で示したように自己申告や簡単な計測など何通りかの方法があるが、どれもIMSとは比べようがないくらい簡易なものとなっている。
 簡易といっても、そこから導き出されるハンデ値の次元はIMSと同じものとなっており、多様なコアリングシステムを用いることができる。
 IMSでメインとなるスコアリングシステムであるPCS(Performance Curve Scoaring)については、前回ふれた。これが複雑すぎるという事で、ORCCでは簡易なスコアリングシステムが提唱されている。
 レースコースの距離を基準にハンデを決めるタイム・オン・ディスタンス(以下ToD)のILC値や、所要時間を基準にハンデが決まるタイム・オン・タイム(以下ToT)のTMF値。あるいは、ToTとToDをミックスさせたようなPLS(Performance Line Scoaring)。最近では、さらにトライナンバー・スコアリングなども提案されている。
、IMSはPCSでスコアリングしてこそ、IMSの価値があるといってもいい。
 対して、ORCCはIMSと比べかなり簡易な方法で発行される証書なので、導き出されたハンデ値の根拠も簡易なものとなる。IMSとの差はスコアリングシステムを工夫したところで埋まらないのだから、もっとシンプルにTMFオンリーで考えて差し支えないのではないか。ところが、こうして様々なスコアリング方法が次から次へと考え出されるのは、TMFのようなシングルナンバーでは不満と思っているユーザーの声が多いということなのかもしれない。

IMSとORCC

 グランプリ用にIMSがあり、非グランプリ用としてORCCが採用された訳だが、現時点ではIMS艇は数を減らしORCCに流れている。比較的大きなレガッタでもIMSクラスの艇数が集まらず成立しないというケースもあり、現状としては我が国ではORCCが主流のフリートを形成しつつあるといってもいい。これは、一言で言えば「IMSとORCCの住み分けがうまくいっていない」という事だ。
 何故そうなってしまったのか。
 IOR時代は、国際ルールとしてのIORと国内でしか通用しないCRという両者の格差が明確にあった。ところがORCCの場合、IMS同様国際ルールである。ハンデ値の次元も同じで同様なスコアリングを用いる事ができる事などから「あくまでも簡易レーティングであり公平性では劣る」という事実がともすれば忘れられがちになりIMSとの違いが明確にならなかった。
 その上、肝心のIMSの方がグランプリルールとして世界的に成功しなかった。この理由として考えられることは前回述べた。
 となると、ORCC艇はわざわざIMSを取得しようという気になかなかなれない。IMS艇側としても、公平性のために計測やクルーウエイトなどの手数を踏んでレースにエントリーしてみても、参加艇数は少なくライバル艇はORCCに移ってしまったのでは身も蓋もない。ならば自艇もORCCへ、という悪循環に陥ってしまう。
 ワンデザインやボックスルールでのグランプリレースを行うにはレース艇の絶対数が少ない我が国では、こうしてORCCを使っての準グランプリレースが主流になり、非グランプリのクラブレースでは独自のPHRFを採用するという現在の階層構造となったのだろう、と筆者は分析する。
 2006年3月末の時点で、国内の登録数はIMSが50艇、ORCCの取得が619艇となっている。ここ2年位の新艇登録から見れば、IMSはなんとか存続しているという状況にすぎないし、僅かに残っているIMSフリートとORCC上位艇とのレベルの差は小さい。
 この状態で、すべてうまくいっているならそれでいいのだが、実は様々な不満が表面化しており、あるいは表面に出てこない不満がレースの衰退化を招いているといってもいい。

IRC

 IMSがIOR同様のルールチート合戦の様相を見せ、「これではIORと変わらないではないか」と、ユーザーサイドから不満の声が広がり始めた頃、IMSに対抗する新たなレーティングシステムとしてRORCとUNCLによって提唱されたのがIR2000だ。ORCが提唱するIMS&ORCC同様、IR2000はグランプリ仕様のIRMとその簡易バージョンであるIRCからなる。
 発表当時の評判はけして芳しいものではなかったと記憶するが、IRMはどうあれIRCはその後米豪を含めて世界的に普及。2005年末の時点で世界31ヶ国に約7000隻が登録しているという。
 IRCについては、第1話でざっと紹介したが、もう一度おさらいしておこう。
 公認計測員によって計測されたものをエンドースド(Endorsed:裏書き保証された、の意)と呼び、自己計測やカタログ値からの自己申告によって出された証書をノーマル(Nomal)として区別する。第1話ではスタンダードと書いたが、ノーマルと称する事になった。Non Endorsedという意味である。
 計測箇所は少なく、IMSやIORというよりも、ORCCやCRに近いレーティングシステムであるといえる。
 これまでの計測ベースのレーティングシステムとの大きな違いは、これらの数値からどうやってハンデ値を求めるかが公開されていないところだ。
 第1話では、IRCを称して「国際的なPHRFルールと考えてよさそうだ」と書いたが、RORC側では、「パフォーマンススコアリングではない。勘ピューター要素は無い」とのコメントを出しているようだ。しかし、これはその評価に乗り手や地域による要素が入っていない、という意味で、たとえば、「軽風に強い艇種は風の吹かない地域では高いハンデが科せられる」……というような事はないという意味であろうと思われる。
 第2話では、PHRFを「勘ピューター」とも書いたが、この「勘」には、職人的な確かな「勘」という意味が込められている。「いい加減」は「良い加減」だし、「てきとう」は「妥当」の意でもある。
 IRCのルールにも、「subjective elements(主観的要素)が含まれる」とあり、これは科学的アプローチでは補えない部分を、主観的に(勘で適当に)に補正しようという事だ。
 IMSのVPPが力学的な必然性から性能を予測しようというものであるのに対し、IRCはその逆方向を向いた帰納法的なシステムである。
 このプロセスがブラックボックスである事の利点は、ユーザー側でレーティング対策ができないという事だ。レーティング値を算出するプロセスが秘密なわけだから。同時にこれは、グランプリには向かないという事も意味する。
 IRCはグランプリというよりも、まずシンプルにという事を念頭におかれており、ハンディキャップもToTのシングルナンバーで、TCCと呼ばれる係数を用いる。これはORCCのTMFと同じもので所要時間に乗じるだけだ。
 ToDに比べ、レース運営側はレースコースの長さを正式に発表する必要はないし、コース短縮時の処理などもシンプルだ。
 ToDでも運用できるようにはなっているが、シングルナンバー・ハンディキャップの場合は、ToDにするメリットはあまりないのではなかろうか。

計測するかしないのか?

 我が国でもIRC導入に向けて本格的な動きが始まっており、JSAF外洋統括委員会にIRC導入検討会議を設置、来年からの本採用に向けてすでにテストランは始まっている。
 これは、ORCCに代えて新たにIRCを導入するものではなく、あくまでも既存のIMS&ORCCも残し、平行してIRCを導入していくという形になるようで「ショーウインドウの中に飾るだけ」「それを選択するのはレース主催団体、参加セーラーである」としている。
 そこで、セーラー側ではとう受け止めればいいのか、現時点で遡上に上がっているIMS、ORCC、IRC、そして各ヨットクラブで使われているローカルなPHRF、それぞれの違いをまとめてみた。
 図
 フル計測により細かくデータを集め、それをVPPというコンピュータープログラムで解析するIMSは科学的でありデジタルなシステムであると言え、となると、対局にあるPHRFは恣意的でアナログなシステムであると表現してもいいだろう。ORCCとIRCはその中間に位置するが、ORCCはIMSに近く、IRCはPHRFに近いと見ていい。
 証書が発行されるプロセスで比べると、IMSは完全な計測を元にして証書が発行されるのに対し、ORCCは証書発行までのプロセスが何通りかあり、そこがORCCに不公平感を生じさせる一因になっている……というあたりも第1話で詳しく書いた。
 対してIRCでは、計測員による計測を必要とするエンドースドと自己申告のノーマルの2つにハッキリ分かれているところが特徴になる。
 英国ではノーマル、豪州ではエンドースドで、米国では大型艇はエンドースド、それ以下はノーマルで運用されているようだ。
 我が国では、ノーマルとエンドースドを併用するという方針のようだが、併用するとせっかくのシンプルさが阻害されてしまうように筆者は思う。
 このあたり、レース主催者が参加艇にエンドースドの証書を要求するか否かにかかっているわけだが、先にこれを決めてもらわないと、ユーザーはどちらで取って良いのか分からない。
 PHRFはローカルなルールなので様々なケースがあるわけだが、通常計測は行わない。自己申告の必要すら無い場合が多い。

イラストキャプション——————-
科学性
精度
公平性
経済性

IMS
今の時点で考えつく限りの計測と科学的な処理によって、公平性が保たれている。ただし、科学は万能ではないので、その精度は完璧ではない。オフショアレースでは、PCSの威力も半減する

ORCC
簡易な計測や自己申告による証書が混在しているので、公平性は他に比べて落ちると解釈した。IMSの流れを汲む科学性とそこから導き出される精度はそこそこ。経済性はIMSに比べると格段にいい

IRC Endosed
「精度は悪くない」からこそ世界に普及したと思われる。妥当な数字という意味ではIMSより上かも。世界標準という事で公平性をキープし、経済性は計測を受ける分だけORCCより悪いとした。ブラックボックスという科学性の低さを逆に売りにしている

IRC Nomal
計測が無い分、Endosedに比べると公平性、科学性に欠けるともいえるが、経済性では勝る。実際の精度は、計測してもしなくてもあまり違いはないのかもしれない。エンドースドでもスタンダードハルのデータが使われるわけだから

PHRF
経済性では群を抜く。多様なPHRFがあるので、精度については個々の技術委員に委ねられる。責任者が身近にいるので、あまりデタラメな事もできないだろうから、公平性も実は悪くない

精度と公平性

 こうして発行された証書の精度はどうだろうか。
 ハンデ値がそのヨットの実性能をどこまで正しく評価しているのか。これをハンデの精度と呼ぶ事にしよう。
 精度が高ければ公平か、というと、これはまたちょっと別の要素で、公平性というのは厳密な計測によってこそなりたつ。人間の恣意的な要素が入れば公平性は低くなるし、証書の発行プロセスが一定していなければまた公平性は低くなる。これはたとえば、同じ計測を行うのでも、計測員によって練度や計測機器の精度に大きく違いがあれば公平性が低くなる、という事でもある。計測の精度が著しく低いなら、いっそのこと全艇計測無しにした方が公平感は高くなる。
 より詳細で厳密な計測の結果、IMSはORCCより精度も公平性も高い事は間違いない。
 ではIRCやPHRFの精度はどうなのか。
 その艇の現状を一番良く知っているすぐれた技術委員会の存在によっては、ローカルPHRFが最も精度を高くできるかもしれない。おかしいと思ったら適当に修正してしまえばいいのだから。
 実際には、サンプル数が多いほどPHRF的なハンディキャップは判定しやすい。今、IRCが世界的に受け入れられているという事実は、その精度が高いという事も意味していると思われる。精度が高いというよりも妥当な値といったほうがいいのかもしれないが。
 IMS&ORCCのルール下で有利である、として開発されたGS42Rのような船型──棺桶型と表現すると怒られるかもしれないので地中海型と表現する事にする──は、IRCではさほどのメリットが無いのでそれなりのハンデに収まるようだ。逆に、バウポールに大きなゼネカーを展開して疾走するイマドキの艇種はIMS&ORCCでは不利とされてきたが、IRCでは適正に評価されているようだ。
 これは、IRCでは地中海型のヨットが不利になり、イマドキのヨットが有利である、という意味ではなく、IRCではそれぞれ適正に評価されているという意味だ。
 IRCは公平性という点では厳格な計測を元にしたIMSには劣るが、信頼性という意味で、サンプル数が多く世界的な広がりを持つことからローカルPHRFに勝るといっていいだろう。
 ORCCは、証書の発行にいくつかのプロセスがあり、それが全部同じ格付けになっているため公平性はIRC以下といえるが、IRCもエンドースドとノーマルが混在するような状況になると、なんともいえない。公平性はセーラーが「どう評価するか」という面もあるわけだから。

経済性で比べると

 一方、経済性という面も非常に重要だ。
 証書自体の発行や更新にかかる手数料にはさほど違いはない。ORCCの新規登録が2万円。毎年更新で更新料が1万円。IRCは全長によって新規申し込み料は2000円/m。9m(30ft)なら18000円になる。こちらも毎年更新で、更新料は1750円/m(同15750円)となる。
 IMSも更新料は2万円とさほど違いは無いが、なんといっても計測にかかる費用が約40万円と際立って高く、時間も含めてオーナーサイドはかなりの負担を強いられる。地方のセーラーにとってはもっと負担は多くなるかもしれない。
 ORCCでは計測無しの自己申告によるものがほどんどなのが実情。IRCの場合、エンドースドで計測を受ける場合、スタンダードハルかIMSの証書を持っているかなどで計測項目が異なるのでなんともいえないが、30ft艇でフルに計測を受けると、クレーンの使用料などによっては10万円位かかってしまうかもしれない。スタンダードハルデータのある艇種ならば、2万円程度で済みそうだ。
 一方、ローカルPHRFは多くは無料。その上その他のレーティングを取るためにはJSAFとその加盟団体に登録しなければならならず、そうした縛りが一切無いローカルPHRFは、経済性では圧倒的に有利だ。
 但し、JSAFに登録していなければ出場できないレースも多い。「安さ」に吊られてローカルPHRFだけを選択してしまうと、自らヨットレースの世界を狭めてしまうことになる。

いつか来た道

 どうやら、IMSは速い船に厳しいようだ。その流れを汲むORCCもしかり。IMSを意識していないイマドキの船(たとえば多くのワンデザイン艇)は、絶対スピードは速いがIMS&ORCCでは不利になる。
 絶対スピードの速い船が集うクラスに人気が移行するのはIMSがIORにとって代わった時にも経験した事で第3話に詳しく書いた。それとまったく同じ事が今また起きている。
 IMSはその公平性からグランプリルールとして生き残る余地があるが、元々簡易な公平性となっているORCCではこの部分を受け継いでしまうとよろしくない。簡易レーティングでは、あらゆる種類のヨットが少しでも対等に遊べないと意味無いからだ。
 こうした艇種にも勝つチャンスを与えているのがIRCで、それが人気の理由でもある。
 IRCによって、ワンデザイン艇(或いはボックスルール艇)は艇数が集まらなくてもハンディキャップレースを楽しめ、艇数が揃ってきたらワンデザインレースもできるという選択肢が生まれる。

結局、どうなのか?

 4回に渡って長々と書いてきたが、「それでいったいどうなのよ?」と怒られそうなので、筆者なりの帰結を見いだしてみたい。
 まず、グランプリをどうするか? IMSでジャパンカップを行い続けると決めるなら、いまさら遅いかもしれないが、IMSを使ったグランプリのフォーマットを決める必要がある。次代のグランプリとなるであろうボックスルールの為にも、IMSの計測システムは残さなくてはならない。
 そのうえで、ORCCとIRCの住み分けを戦略的に考えなければならない。
 その為には、既存のORCC取得艇がIRCに移行する、それだけ……という結果に終わってしまったのではどうも未来に広がりがない。今、ローカルPHRFで活発にレースを行っている層にこそIRCを使っていただくべく、積極的な勧誘が必要になるかもしれない。これは、非JSAF会員にJSAFの登録艇になってもらうという勧誘でもあり、クラブレースしか出ていなかった層のセーラーに、さらに広いレースの世界を楽しんでもらうきっかけにもなる。
 この場合、IRCはエンドースドとノーマルをハッキリ分けて導入すべきで、簡易なりの公平性を構築しなければ、ORCCの二の舞になる危険性がある。
 うまくIRCが導入できれば、ワンデザインクラスを育てる土壌にもなり得る。
 ヨットレース界全体が活性化する為には、グランプリ、準グランプリ、非グランプリといった各層間に繋がりのある住み分けが構築されるよう計らう事が重要だ。

 ……と、勝手に帰結させてみたが、拙文を参考に、オーナーやセーラーは自分の意見を整理し、レースの主催者はその意見を汲み上げ、連盟には長期の戦略を練っていただきたい。
 この商品は、棚に飾っただけでは売れないのだ。

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